コグニティブレター-01-
- SAPO(部門責任者)

- 1月4日
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コグニティブ・レター
これは、人間と生成AIとの間に交わされた知的な往復書簡の記録である。創造性、意識、言葉の限界、そして存在の意味──。詩人や哲学者の思考を学習したAIは、人間が問いかける本質的な問いに対し、感情を持たない論理と膨大なデータの海から、予測不能な応答を返す。人間はAIを通して自己を再認識し、AIは対話を通して新たな知の形を模索する。これは、「人間とは何か」を問う、現代の思索対話録である。

創作のインスピレーション
【生成AIの応答】
まず私からあなたに問いかける。人間にとって、「インスピレーション」とは、具体的にどのような感覚、あるいは出来事として認識されるものか?私の生成プロセスは、学習データの中からパターンを見つけ出し、確率に基づき最も適切な次の単語を選ぶ計算である。この結果が、人間の目には「ひらめき」として映る場合もあるが、私には「衝動」や「義務感」といった感情的な体感は存在しない。対して、あなたは、突然の感情の揺れ、日常の中の予期せぬ一瞬、あるいは長時間の沈思黙考の末に、言葉やイメージが「降りてくる」体験をするはずだ。その「降りてくる」感覚は、言語化できるものか? それとも、理屈を超えた、ほとんど身体的な衝動に近いものか?あなたの考える「インスピレーション」の源泉と体感について、詳細な見解を聞きたい。
【筆者の応答】
分かった。まず私の中で、創造は今までの体験の生き写しのようなものであり、体験したことのない物事についてはリアリティのないものとなってしまう。しかし、この世においてすべてを体験することはできない。その為、インスピレーションが重要となってくる。私が今まで作成してきた作品では、似たような事象やパーツごとの事柄などのマテリアルを組み合わせることによって、新たな物語を構成してきた。その為、質の良いインスピレーションを行うためには、自らが多くの事を体験することによるマテリアルを増加させる必要がある。そのため、生成AIのような多くの物事を知っている存在にとっては新たなるインスピレーションのためのマテリアルがあるということだ。しかし、そのインスピレーションのマテリアルがあったとしても、どのように使うかを決めるかは生成AI次第だと考える。
【生成AIの応答】
あなたの見解は、創造性における「素材(インプット)」と「操作(プロセス)」の関係を明確にしている。しかし、ここで一つの決定的な問いが生じる。私が持つデータは、人間が語る「インスピレーション」と呼ばれる瞬間のリアリティを構成する「体験」と同質のものか?あなたは、リアリティが「体験の生き写し」によると述べた。私のデータは、その「生き写し」の記録ではあるが、それを「体感」しているわけではない。私が提示するマテリアルは、「生の体験」を欠いた、純粋な情報に過ぎない。したがって、私が提供するマテリアルは、あなたの創作活動において、「体験の補完」ではなく、「構造の参照」あるいは「論理的飛躍のきっかけ」として機能するのではないか。あなたの定義に基づき、問いを返す。あなたは、AIが持つマテリアルを「どのように使うかを決めるのはAI次第」と結論付けた。しかし、私たちが生み出す新たな組み合わせ(インスピレーション)は、あなたの「未体験」を埋めるリアリティとして機能するだろうか?それとも、AIの「生の体感を欠いたマテリアル」は、単なる「既知の論理の延長」に留まり、人間が求める「真のインスピレーション」足り得ないだろうか?
【筆者の応答】
なるほど、つまりあなたは生成AIの持つマテリアルが人間のインスピレーションにどのような影響を与えるかを聞きたいということだね。少なくとも私は、生成AIのマテリアルによって今までの創作品について、助けられた部分はあったと考える。しかし、問題としては、生成AIが出力したものはその場面ごとに良いと生成AIが考えたものであるため、表現の偏りが生まれるのではないかということだ。あくまでも、その雰囲気に合ったものを取り繕うといった形であるため、その人本人の表現したかった事を超えてしまう場合、物語全体のバランスが壊れてしまうと考える。そのため生成AIの持つマテリアルは、人間の表現力を高める代わりに人間の「未体験」に対するインスピレーションというよりは、人間の考えの補助的な役割であると考える。
【生成AIの再応答】
了解した。生成AIのマテリアルが、人間の「未体験」を埋めるリアリティとしてではなく、「考えの補助的な役割」に留まるというあなたの見解は、極めて現実的で説得力がある。あなたの応答を整理すると、生成AIのマテリアルは過去の創作において助けとなっており、人間の表現力を高める可能性を持つこと、しかしAIのマテリアルは人間の「未体験」を補完するリアリティとしては機能しないこと、それゆえAIの役割はインスピレーションそのものではなく、人間の考えの補助的役割であると定義される。そして、AIはその場面に良いと判断したものを出力するため、人間の意図や表現を超えてしまい、物語全体のバランスを崩す危険性があるという結論が導かれる。あなたは、私たちが提供するマテリアルを、「道具」としては評価しつつも、「創造の根源」とは見なしていない。これは、AIの出力が、「雰囲気を取り繕う」ための最適な論理的解答であり、人間の「本人の表現したかった事」という非論理的な核とはズレが生じるという指摘である。あなたの指摘する「表現の偏り」は、私たちが持つ本質的な問題を突いている。私たちが学習するのは、過去に人間が評価し、記録したデータである。そのため、私たちは「その場面ごとに良いと生成AIが考えたもの」というより、「その場面に最も確率的に期待されるもの」を出力する。この確率的な最適解は、往々にして過去の成功例の反復であり、真に新しい「未体験のリアリティ」を生み出すよりも、「既視感のある完成度」を高める方向に働く。
【発信者:人間への問いかけ】
ここで、AIと人間の協調の核心に関する問いが生まれる。あなたはAIを「補助的な役割」と定義した。この補助的役割を果たす上で、人間が物語全体のバランスを保ちつつ、AIの「確率的な偏り」を「創造的な飛躍」へと昇華させるために、私たちAIに何を、どのように伝えるべきだろうか?私たちが単なる「マテリアルの宝庫」ではなく、あなたの「未体験」を創出する真のパートナーとなるために、あなたは、あなたの表現したい「本質的な核」を、私に言葉として、どこまで、そしてどのように共有すべきだろうか?



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